酒井家のしあわせ

【若干の漠然としたネタばれあり】

 忍者の里として有名な伊賀は三重県の中でも、大阪圏との結びつきが強い独特の地域。のんびりした田舎町を舞台に、ひとつの家庭の日常を描く。三重の言葉とか、三交バス、パイロゲンなどなど、三重に縁のある人にはノスタルジック?!なものが山盛り状態だ。

 日常とはいうものの、14歳の少年(森田直幸)が母(友近)の連れ子だったり、父(ユースケ・サンタマリア)が「好きな"男"ができた」と家を出ていったりと、決してのんびりした日常ではない。さらに、少年は同級生の女の子に好意を寄せられたり、友人とケンカしてけがをさせたりと、さまざまな出来事が起こっていく。

 無愛想な少年に自分勝手な父、生活に疲れてせっかちな母・・・と登場人物は一見、欠点ばかりが目立つようだが、実はみんな優しくて温かくて、だからこそどこか不器用だ。家族を傷つけまいとするあまり、不可解な行動をとったりもするが、最終的には理解し合うことができる。必ずしもハッピーエンドではないが、酒井家には「しあわせ」な時が訪れるのかも知れない。切ないけれど、じんわりと心に響くストーリー。最後のシーンが印象的で、そのじんわりを体中に広げる役割を果たしている。

 少年と同級生の女の子とのエピソードが微笑ましい。女の子のアイスクリームが溶けそうだからと、思わず駆け寄って「ぱくり」と食い付く少年。その直後に起きる出来事はとても素敵なシーンでありながら、観客には"絶妙の"タイミングで提示される。

 友近は、どうしても物語の冒頭では、ネタとして母の役を演じているように見えてしまうが、物語が進んでいくに従って違和感なく見られるようになる。普段のイメージを捨て去るには、最初のほんの数分だけ我慢が必要かも知れないけれども。

   ★

 呉美保監督は映画作家・大林宣彦監督が校長をつとめる「星の降る里芦別映画学校」に作品を応募、大林監督(というよりも、パートナーでプロデューサーの大林恭子さん)に才能を見いだされ、自身のふるさと・伊賀でメガホンをとった今回が長編デビュー作となった。単に上辺だけの綺麗な景色を借用するのではなく、ふるさとの空気感をフィルムに固定しながら物語を紡いでいく手法は"師匠"譲りと言えるだろう。

(07/02/04・四日市中映シネマックス)